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2011年4月 9日 (土)

梁川小学校 137年の歴史に幕

大月市にある梁川小学校がこの2011年3月をもってとうとう閉校してしました。
全校生徒34名(22年度)でした。このところ年々児童数が減少していて
「本当に学校なくなっちゃうのかなぁ」と2年前ぐらいからピアノの生徒さん達が心配していたのを思い出します。
学校の規模が小さいので、一人一人に行き届いた教育がされていて、全校生徒が兄弟のように誰とでも話をしたり遊んだりしているのです。
それと梁川小学校の歴史を聞いてびっくり・・
明治7年開校以来137年の長い歴史があるのです!
義理父・母・主人・従兄弟(よくコメントで登場してくれるF市・・)の出身校なのです。

この4月からは鳥沢小学校へスクールバスで通っているそうです。

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コメント

梁川小学校は私の母校です。今は鉄筋の校舎ですが、私が入学した半世紀前は木造の校舎でした。その頃の暖房は火鉢です。1m四方の木の枠の中に直径80cmくらいの穴があって中に灰があり真中に赤々と燃えた炭があるのです。火鉢のそばは暖かいのですが、部屋全体は寒かったです。
3年生の頃になると石炭ストーブに変わりました。部屋全体が暖かく快適でした。ストーブの上にお湯を入れた鉄の箱が置いてあり、その中にお弁当を入れて温めるのです。昼前になると色々なお弁当のにおいが教室に充満しましたが、沢庵のにおいが一番強烈だったと記憶しています。
(続きます)

続きです。
私が5年生か6年生の時でした。
教室は2階にあり、下は職員室でした。教室の床と職員室の天井の間には数十センチの隙間がありました。
ある日、友達が床の隙間(木の床だったのでところどころに隙間があったのです)から下を覗きながら言いました。
「誰かが職員室から上を覗いている」
先生がそんなことをするはずはないと思いながら友達と交代して覗いてみると、やはり誰かが職員室の天井の穴から上を覗いているのです。
何人もの友達が交代でその事実を確認してみんなで笑って騒いでいました。
すると隙間から覗いていた友達が言いました。
「なあんだ!鏡のかけらが落ちているんだよ。」
よく見ると確かに鏡のかけらでした。隙間から覗くと、自分の目が鏡に映ってあたかも下から誰かが除いている様に見えたのです。
いまでも鮮明に覚えている出来事でした。
(まだまだ続きます)

続きその2です。
私が6年生の卒業式のことです。卒業式が雨で一日延期になったのです。
その頃は、梁川中学校も隣にあり、校庭は共有していました。
私が6年生の秋に、台風で中学校の屋根全体が裏の畑に飛ばされました。校舎が使えなくなったので、やはり小学校と共有で使っていた講堂で中学校の授業をすることになったのです。
毎年、その講堂で卒業式をやるのですが、そういう事情で私達の卒業式では講堂は使用できないので、校庭ですることになったのです。
当日はあいにくの雨で卒業式が延期になったのです。
卒業式の後の謝恩会で出されたいなり寿司は、前日に作られたもので当日温め直したのでまずかったのを覚えています。
今でも、いなり寿司をみると小学校の卒業式を思い出します。
思い出の詰まった小学校なので書きたいことがたくさんありますが、今日はこれくらいにしておきます。

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